
「旅のおと」に寄せて / 田中慎也
西川昌徳くんの新しい連載が始まります。
彼は、自転車で世界を旅してきた男です。
いくつもの国を走り、知らない町で眠り、言葉の通じない場所で人に助けられながら、その経験をいつも誰かに手渡したいと考えています。
サークルズとシムワークスは、近年、彼が続けているマウンテンバイクジャーニーの活動を応援しています。それは、ただ遠くへ行く人を応援しているということではありません。
西川くんの旅の中には、私たちが自転車という道具に託してきたものが、とても素直な姿で息づいているからだと思っています。
自転車は、速く走るためだけのものではない。
どこかへ向かい、誰かに出会い、自分の知らなかった世界へ、身体ごと突入していくための道具でもあります。
今回始まる連載のタイトルは、「旅のおと」。
タイヤが転がるおと。
風のおと。水のおと。
知らない町の夜のおと。
誰かのやさしさに触れたとき、胸の奥で鳴るおと。
彼の文章は、旅を遠くの誰かのものにはしません。
読む人の枕元に、足元に、しれっと置いてある感じ。
今回から始まる「旅のおと」。
ぜひ耳を澄ませてみてください。
自転車で旅をするということ。
Words & Photos By Masanori Nishikawa

それは、 憧れた場所に行くこと。
大自然のなかに身を置くこと。
その土地に生きる人と出会うということ。
世界を広げるということ。
けれどなにより僕が旅で見つけたいと願うようになったこと。
それは、 自分自身と出会うということ。
そう僕が思うようになったのはいつからだったでしょうか。
世界に憧れ。
大自然と向き合いたいと思い。
世界中の人たちに出会いたいと思い。
そして自分の世界を広げたい、と、
そう思って僕は世界を自転車で旅しはじめました。
多くの旅に出かけたいと思う方が、
何かで読んだように、誰かに聞いたように、
そして自分で思い浮かべるように、僕も出かけたんです。
おそらくこれを読んでいるみなさんと同じように。

最初はひどいものでした。
これは僕の「とりあえずいったらなんとかなる」という、人生の半分が旅の年月となった今でも変わらない精神というより、どうしようもない性格からくるものなのですが。
2007年。
23歳のときに、大阪から自転車とともに船で渡った中国。

25歳まで、自分の世界を広げるために世界を自転車で旅したい。
その2年とちょっとの期間で、何ができるだろう。
そのときの僕が選んだのがユーラシア大陸横断でした。
まあ英語があればなんとかなるかと軽く思っていた僕の予想は、初日から跳ね返されました。
道を聞いても分からない。
なぜか宿にも泊まらせてもらえない。
不安ばかりが大きくなって、人と関わることすらビクビクしながら、けれどどうやってこれからこの土地で生きてけばいいんだろう。
旅に出てすぐの僕なのに。
そこには「旅」というキーワードはひとつもないんです。

「どうやって生きていこう」ということしか浮かんでこない。
とにかく走るしかなくて。
まわりがどんどん暗くなっていって。
テントは持っているけれど、これだけ人口が密集した中国で誰にも見つからずにテントを張れる場所なんてどこにもなくて。
もう途方に暮れながら、というより。
もうとにかく誰かに助けてもらいたい。
という思いで、僕が飛び込んだのがガソリンスタンドでした。

何を話したのかも覚えていないけれど。
とにかく日本のパスポートを見せたことは覚えています。
そしたらガソリンスタンドの男の人が電話をかけだして。
電話を受けた警察が来て。
もうこれからどうなってしまうんだと泣きそうになりながらいたときに。ガソリンスタンドの人と警察官が、身振り手振りで僕に伝えてくださったのは。
「今日はここで眠りなさい」ということでした。

ちゃんと感謝を伝えられたのかも覚えていません。
ガソリンスタンドの人がこれを食べなさいとご飯をくださいました。倒れ込むように眠ったのを覚えています。そこは従業員の休憩室だったのか、暑い季節でしたがとても涼しかった。
いまこうして振り返ると。 これが紛れもなく僕の旅の人生がはじまった瞬間だったと思います。

けれど、そのときは、勝手の知らない土地で自分で生きていくしかない。 そんな思いだったんじゃないかと思うんです。
目的地を考えて決めて。
現地へ向かうチケットとビザをとって。
旅に使う自転車を選んで。
持っていくキャンプ道具や着替えを選んで。
そしてその土地に旅をしに行く。
今の自分にとっては、そしておそらくこれを読んでくださっているみなさんにとっても、当たり前だと思う旅へのこうしたステップ。
けれどあのころの僕は。旅をはじめたころの僕は。
旅をしているという言葉すら浮かびませんでした。
なんとかして先に進むしかない。
生きていくしかない。

そう自分に言い聞かせながら、
毎日自転車を漕いで、
なんとかモノを買ったり、食べたりし、
ヒヤヒヤしながらその土地のひとと関わる、
その繰り返しでした。
それは。あらゆる意味で自分の知っている世界から外側に出るという行為だったのだと思います。

ネットもまだどこでも繋げる時代ではなかった当時。
リアルタイムで自分が訪れる土地がどうなっているか。
どうすればその土地で目的地にたどりつけるか。
自分のやりたいことを成すことができるのか。

自分しかいないんです。
その内側に持っているものしか出てこないんです。
けれどもその状態で、目の前のものとなんとかして渡り合っていくしかない。
それはそのまま。新しい自分と毎日出会うことだったのだと思います。
すべてがはじめてであり。
すべてを受け止め、乗り越えていくしかない。
けれどもそこには、日々新しくなっていく自分がいる。

僕は「旅するということ」を「人生を歩むこと」と同じように思っています。
自分が思い描く生き方、ゴールの迎えかたではなく。
自分が思いもしないような、その当時の自分では描くことさえできなかったような 「いま」を生きていたい。
それが、僕がいまも旅を生きることの真ん中に置いている理由です。