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「週刊 球体のつくり方」Vol.29

アンレーサーの灯 : 最終章

RAL Exposure ― くだらなさの正統

今日11月2日はInternational Single Speed Day。世界のどこかで誰かが、お気に入りのSingle Speed(SS)で見知らぬ場所を駆け抜けていることでしょう。そのままSS車体で走るのはもちろん、タイラップでシフターをむりやり縛ったり、電動変速機のバッテリーを外したりして、各々が一枚だけのギアで街を駆け抜け、丘を登り、また笑顔で戻ってくる日? だったと思います。

International Single Speed Day(以下、ISSD)――正式な制定や、だれかの承認があるわけではない、世界規模のちいさな悪ふざけの日です。その“くだらなさ”の中に、わたしはちょっとした誠実さなんかを見つけてきました。

ギアを減らすこととは、思考を少し減らすことなのだと。

選択肢を意識的に削って、身体の声をできる限り大きくしてみる。効率から半歩離れて、呼吸と脚のテンポを合わせ直してみたりする。変速レバーに手を掛けないと決めた日は、いつもの風景が、なんとなくやわらかく見えることだってあると思います。

なんとなくこのような日を、ひとつの区切りにしたいと、私自身は考えていました。

Surly が90年代後半に最初の 1×1 を世に出したとき、「これから先の自転車文化は、きっとここから枝分かれしていくのではないか」と感じた記憶があります。そこから幾分か時が過ぎて、多段化も油圧化も電動化も素材の進化も、どれも素晴らしい進歩だとわたしたちなりに受け止めてきたつもりです。

ただ同時に、あの群れが正しく示していた原点 、誰もが手の届く鉄、修理ができる素材と設計、多少雑に扱っても壊れにくい強さ、そして笑いながら乗り倒せる懐が、少し遠くに行ってしまった気もしていたのでした。

ならば、こちらから火を灯しに行けばよいのかもしれないなとわたしたちなりに考えてみました。

悪ふざけという火に、もう一度、現実的な燃料を足してみたいと思います。

ISSD という“無用の祝日”に合わせて、いま Circles が差し出したい提案を、そっと祭壇に置いてみようと思うわけなのです。

名前は RAL Exposure(エクスポージャー)

Back to Analog. Capture the Moment.

Exposure / 露光
デジタライズドされた世界では、記録は完璧に保存されると誰もが信じがちです。でもリアルな生活とは、もう少し不格好で、曖昧で、そして平等に一度きりなのです。フィルムの粒子、ヴァイナルのノイズ、薄曇りの朝にだけ現れる遠景の輪郭。アナログには制限があり、癖があり、思い通りにいかないことが多いのだけど。けれど、その不完全さが、わたしたちの目を正しく開かせてくれる瞬間もあると思います。

Exposure は、そんな“一度きり”を自分の内部に焼き付けるためのフレームとして生みだされました。

最小限の規格と、最大限の余白。変速はなく、サスペンションもありません。けれど、想像力だけはフルスペックであってよいと考えています。アスファルトからダートトラックへ、街から土へ。境界線は、できればあなたの脚が引いてくれると嬉しいから。

The Platform for your Ideas.

The Platform for your Ideas.」―Exposure は、完成車の完成ではなく、未完成の基盤として生まれました。ここに積み上げるのは、メーカーの“正解”ではなく、あなた自身の生活と遊び方です。多くの人たちが先回りして用意してくれる“最適解”は、わたしたちはあえて差し出さないでおくことが賢明だと判断したのです。
そしてここでは、RAW / TTL / ASA の三つの符牒だけを置いておきます。

RAW:Ride Alternative Way
高効率へ最適化された道を、オフローダーとして時々外してみましょう。信号を避けて細い路地へ逸れてみたり、泥だまりにあえてタイヤを入れて靴を汚してみたり。ダートの轍はまっすぐではありませんが、そこには“遊び”が残っているように感じたりもします。

TTL:Time To Low-tech
さぁ、ローテックに戻る時間がやってきました。画面の明るさを落とすように、情報の輝度を少し下げてみます。ペダルを踏む圧、チェーンの張り、呼吸のリズム。何が心地よくて、何が過剰なのかを、身体がそっと教えてくれることが度々あります。機械に預けていた判断を、自分の手元にただしく戻してみましょう。

ASA:Almost Satisfied Analog
“ほぼほぼ満足”という余白の美学はとても大切なことです。少し重いギアでスタートに軽く失敗する朝や、ブレーキシューの当たりを微調整して音鳴りがちゃんと止む瞬間。手を汚し、時間をかけ、やっと“だいたい良い”に辿り着くとき、完璧の代わりに愛着が生まれることがあるということです。

26インチという現実主義

Exposure は、26インチの自転車として正しく設計をしました。もう一度、はっきり書いておきます。26インチです。時代に忘れられつつあるサイズ径に、現実主義の意味をもう一度持たせたいと考えました。

ホイールは軽く、取り回しは鋭く、細いコーナーをくるりと回り、未舗装のショートカットにも臆せず入っていけます。大きな径で轍を跨ぐ気持ちよさもたしかにありますが、やや低い軌道で地形の表情に寄り添う走り方にも、別種の愉しさがあるように思います。

もう少し単純に言うと、レースを主眼としないアンレーサーたちが特に長い時間をともにしてきたこのサイズ径に、わたしたちは確かな親しみが残っている、ということなのかもしれません。

最大クリアランスは 26×2.5
平日の通勤はやや細めで軽やかに、週末の寄り道には少し太めで空気を抜いて、路面の砂利を丁寧に拾いにいく。ホイールサイズの議論がいくつも巡ったあとで、わたしたちはひとつ思い出します。“楽しい径”は、いつも自分の身体が決めてきたということを。

鉄とカンチ、そしてフルリジッド

素材は、いつもどんな時も誠実な4130クロモリです。
塗装は、使い込むほどに表情が現れるものを選びました。ぶつけても、直してまた乗れることを特に大切にしています。見た目だけの高級感よりも、日々の小さな傷や油膜が似合うことを、どこかでわたしたちは好ましくも思っています。

ブレーキもあえて カンチレバー(Vブレーキ装着可) としました。
雨の朝、音鳴りを止めるために六角レンチを取りに戻ることがあるかもしれません。シューの当たりを少しだけ調整して、うまくいけば、鳴きは静かに止みます。こうした手間を、Exposure は“面倒”ではなく“所有の歓び”として喜んで引き受けていきたいと考えています。

サスペンションはこのコンセプトには必要ないと考えています。
フルリジッド/そしてノンコレクテッドでの設計です。

フォークは 1-1/8″ スレッドレス。前後エンドは 100/135mmBB は 73mmシートポストは 27.2mm。どれも気取らない規格だと思います。倉庫で見つけた古いパーツも、友人から譲り受けた部品も、もう一度ここで働き出せるように。シングルスピード専用エンドで、チェーンラインはまっすぐに、テンションはシンプルに。脚のトルクがそのまま前進になる感覚を、できるだけ曖昧にしないでおきたいと思います。

Trail Commuter という生活

RAL Exposure は、毎日の通勤の中にも小さな冒険を差し込むための自転車です。

仕事へ向かう途中、ほんの少しだけ川沿いのダートに入ってみる。そんな“寄り道”を、遠回りではなく生活の一部として受け入れていく。Trail Commuter とは、おそらくそんな穏やかな日常的冒険者のことを指すのだと思います。

価格というメッセージ

RAL Exposure は、できるかぎり手の届く価格帯で展開しようと試みました。

これは商売の都合だけではなく、単なる“安さ”の訴求でもありません。群れがそうであったように、文化は手の届く場所にないと広がりにくいからです。買えること、直せること、替えが利くこと。手に入れて、傷をつけて、また直して、また遊べること。価格もまた、設計の一部だとわたしたちは考えています。

くだらない日でのお披露目

ISSD に RAL Exposure のお披露目を合わせるのは、偶然ではないつもりです。

世界中で“一枚のギア”を称えるこの日、Circles は「くだらなさの正統」として、正当に名乗り出てみたいと思います。ルールに従うのではなく、ルールの薄い場所で、懸命に、そして正しく遊ぶということ。進歩を否定しないまま、あえて削って、軽くして、思考を単純化してみること。そこから生まれる解像度の高い“今”を、それぞれの脚に焼き付けていただけたら、うれしく思います。

それでも、まだ続きがある

Rivendell が孤高の灯を守り、Surly は群れの黒が多くの笑い声を増やしました。

そのあとに続く章を、わたしたちはピットの作業台や、ストリートの向こう側で書き続けていけたらと、わたしたちなりに真剣に考えました。そしてSimWorksでも翻訳し続けてきた “Just Ride” の思想は、まだ現在進行形のれっきとした日本語です。そこに新たに登場する RAL Exposure は、その文法のひとつ、助詞、あるいは小さな接続詞のようなものなのかもしれません。

けれど、助詞が変われば、文章の景色は変わります。
ギアを減らして、意味を少し濃くしてみる。
ローテクに戻して、時間を少し広げてみる。
“ほぼほぼ満足”で、愛着を少し増やしてみる。

今日の露光は、今日だけの露光です。
同じ光が二度来ることは、ほぼ皆無なのだと思います。
だとしたら、今日もペダルを踏み出してみます。
くだらない日には、くだらない仲間と、少しくだらなそうなフレームで。


RAL Exposure – Trail Commuter
【SPEC】

  • Wheel/Tire:26インチ(最大 26×2.5)
  • Frame/Fork:クロモリスチール、フルリジッド、ノンコレクテッド
  • Brake:カンチブレーキ(Vブレーキ装着可)
  • Headset/Steerer:1-1/8″ スレッドレス
  • Drivetrain:シングルスピード(SS専用エンド)
  • OLD:フロント100mm / リア135mm
  • BB:73mm
  • Seatpost:27.2mm
  • Concept:The Platform for Your Ideas / Back to Analog
  • Note:ちょっとした “おまけ” が付属します

Exposureの発売に関しては、11月中にアナウンスをしようと思いますので、ご期待ください。

それでは皆さんごきげんよう、また来週お会いしましょう。

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kyutai
田中 慎也

空転する思いと考えを自転出来るところまで押し上げてみた2006年。自転し始めたその空間は更なる求心力を持ちより多く、より高くへと僕を運んでいくのだろうか。多くの仲間に支えられ、助けられて回り続ける回転はローリングストーンズの様に生き長らえることができるのならば素直にとても嬉しいのです。既成概念をぶっ飛ばしてあなただけの自転力に置き換えてくれるのなら僕は何時でも一緒に漕ぎ進めていきたいと思っているのだから。
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