「北のまほろば」という表記を青森でちらほら見かけた。”まほろば”は「豊かで素晴らしい場所」「住みやすい場所」という意味の日本の古語で、ヤマトタケルが晩年に故郷の奈良に対する望郷の思いを詠んだ歌に出てくる事で有名だ。
そんな言葉を”北のまほろば”として青森にあてたのが司馬遼太郎だった。縄文時代にはこの地に狩猟採集中心の豊かな世界があったという事を、ちょうど三内丸山遺跡から巨大な集落の跡が見つかった年に刊行された「街道をゆく」シリーズの青森編で書いている。
原始的な生活だったと想像されていた縄文前〜中期頃に大規模な集落跡が見つかった事はこれまでの常識を大きく覆す発見だった。
弥生時代以降に稲作が日本に広まり、その石高を基準とする中央政府の統治に合わせていく中で、頻繁に冷夏になるために稲作に向いていなかった津軽平野は、太宰治が「悲しい国」と自虐的に呼ぶ様な”地方”へと追いやられていく。
現代においても都市と地方の格差問題は大きいままだが、ここ数年、そんな青森に移住する友達が何人かいて、その魅力がたくさん伝わってきていた。その場所に即した暮らし方という、司馬遼太郎が書いていた縄文的な豊かさを、今一度考えてみたいと思っていた。
そして、青森にはねぶた祭りがある。
もともとは旧暦7月7日の祭り、つまり七夕のバリエーションだけど、自分の知っている七夕と全然違う。
関西に生まれ育つと、東京より東側は実際の距離以上に遠く感じ、文化も言葉ももはや外国である。これまで震災ボランティアで南三陸町へ行ったりした事があったが、今回初めてその道の奥へ、ライフワークのひとつ、全国の祭りを観に行くという事ができた。FDAの飛行機と自転車を使って。
飛行機輪行で青森へ
SimWorksの出荷作業を終えた15:00、あらかじめパッキングしてあった荷物を積んだバイクにまたがり松原を出発した。名古屋飛行場までは14kmほど。
名古屋高速1号線の高架下を通る空港線の大きな道路は、バンコク・ドンムアン空港からの地獄のアクセスを思い出してちょっと身構えてしまったが、そこまで酷いものではなかった。とはいえ、海港と空港をつなぐ大動脈は大型車も信号も多いので少し余裕を持って向かった方が良い。40℃に迫る気温で汗だくになりながら、約45分で空港に到着。
FDAは輪行ボックスを貸してくれる
FDAのカウンターでチェックインをして、事前予約した自転車輪行ボックスを貸してもらう。
前後輪とMr.FusionMINIからドライバッグを外し、フレームを逆さまにしてボックスに入れてみる。チェーンリングがわずかに箱からはみ出してしまうので、もう一度取り出し、サドルを抜いてから再挑戦すると問題なく収まった。
ヘルメットやその他の荷物をボックスに放り込んで約10分で梱包おしまい。これまでの飛行機輪行に比べたら圧倒的に簡単で楽ちんだった。
今回はこのFDA輪行を試してみるというのもひとつの目的だったので、この輪行についてはまた詳しくレポートしたい。
ぎりぎりの乗り継ぎ
飛行機は離陸後すぐに旋回し、北アルプス上空を通って日本海へ抜けた。そして約1時間20分で夕暮れが近づく青森空港に到着した。
空港から弘前へは時間の都合でバスを利用した。飛行機到着時刻に合わせて出発する設定になっているが、乗換時間はけっこうタイト。飛行機が10分ほど遅れていたので焦っていたけど、空港のグランドスタッフはちゃんとバス利用の予定を聞いてくれて、バスをとめておいてくれた。ありがとう!
ちなみに、自転車を積んでくれるバスは空港線のみとの事。一応輪行袋をかぶせたけど、やはりバス輪行は最も自転車が傷つく方法なので、本当は自走が一番だと思う。青森市内へ約15km、弘前市内へ約30km。
津軽の文化的中
夕闇に浮かび上がる岩木山のシルエットを車窓に眺めつつ、バスは弘前市内へ。
すでにねぷた巡行は始まっていてバスからも少し見えてテンションは上がった。バスターミナルですぐに自転車を組立て、友人が待っている土手町の観覧ポイントまで向かった。
Sunday Seasideの名前で活版印刷とデザインを手がける鈴ちゃんと、その旦那でセレクトショップslow pokeをやっている若さまと合流。
slow pokeはメッセンジャーカルチャーが日本に上陸した最初期からZO BAGなどのバッグを日本で取り扱っているセレクトショップ。こんなぶっ飛んだお店が東京を介さずにグローバルとローカルの垣根を軽々と越えて存在している事にとても希望がある。ヤフオクでボロボロのZO BAGやFREIGHT BAGGAGEを高値で買っているピストキッズ達は、こんなお店が弘前にある事を知っているだろうか?
そしてそこに、元東京のCy-Qメッセンジャーで地元に帰り立ち上げたバイクショップ、チャンピオンシップバイクスの亭主も合流。お店が定休日だったので200kmほど走ってきたそうな。
弘前ねぷた
ヤーヤドーという独特の掛け声と共に、鼓笛隊や小さな提灯を持った子供達や巨大な扇型のねぷたが次々に目の前を通っていく。ねぷたを回転させたり昇降させたりしながら、城下町商店街特有の狭い道を通り、信号や電線をたくみに避けつつ、沿道の声援に応える。
扇型ねぷたは平面的なのでとにかく絵が緻密だ。正面は武者絵、背面は美人画が描かれているけど、幽霊画だったりするのもあって面白い。
沿道も地元の人が多くのんびり見物している感じがあって趣のある雰囲気だった。
田舎館村の田んぼアート
夜中まで弘前で盛り上がった後は、翌日の八甲田ライドへ向けて少し移動してから田舎館の道の駅で野営。食堂の軒下に3-4人の先客と、駐車場は多くの車中泊ツーリストがいた。気温は20℃ぐらいで、ビビィとシーツで快適に寝ることができた。
翌朝7時、道の駅横にある田んぼアートを眺める。古代米などの色が違う稲を使ったアースワークは、1993年にこの田舎館から始まって大成功し、今は全国に広まっている。世界的広告賞であるカンヌライオンズの金賞も獲っているそうだ。
朝早かったため展望台はまだ空いてなかったのでカメラを高く掲げて撮ってみた。
野営セットをバイクに戻し、朝5時からやっている近くの宝温泉へ
泉質もヌルヌル系でとても良いしサウナもある。入浴300円、素泊まり4200円。
八甲田ヒルクライム
さっぱりした後はりんご畑のアプローチを抜けて八甲田方面へ向かう。
黒石市側から八甲田へ登る国道394号は綺麗なブナ林の中を少しずつ高度を上げていった。白い樹皮と、密度が低めの林の中は、普段走る鬱蒼とした森と違って明るくて遠くまで見通しがきく。
原生林ではないのかもしれないけど、このキラキラとした眩しい緑の木立を走っていると、狩猟採集がメインだった時代の豊かさを少し感じる気がする。
酸ヶ湯温泉は次回以降にとっておいて、のりちゃんが働く八甲田山荘へ向かった。メッセンジャーの仲間だった彼女は弘前に移住し、この山荘で働いている。
部屋の掃除が残ってるから少し待っててと言って仕事に戻った彼女はとても楽しそうに働いていた。
八甲田山荘は、山と道のハイクライフコミュニティーの会場でもあった。
冬のバックカントリースキーで有名な八甲田。夏はのんびりしているそうだけど、北上川へのカヌーツアーや登山のお客さんがいて、駐車場には日本全国のナンバープレートが並んでいる。
箒場という場所の食堂でお昼ご飯をごちそうになり、近くに綺麗な沼があるからと連れて行ってもらった。
グダリ沼という濁音の名称とはうらはらに、八甲田の雪が長い年月をかけてろ過され、コンコンと湧き出している湧水池は、本当にちょっとこの世のものとは思えないぐらい透き通って綺麗だった。夏でも冷たい湧き水を手ですくって飲む。
八甲田ダウンヒル
のりちゃん達に別れをつげ、青森方面へ気持ちの良いダウンヒル。途中の景色も最高だった。ロードバイクやツーリングのグループとも何組かすれ違った。1時間ほど下り、遠くに街と青森湾が見えてきた。
青森県立美術館
街に出る前に西へ進路を変えて、まずは青森県立美術館へ。隣の三内丸山遺跡から着想を得た建築家 青木淳の名作だ。地面が深く掘り込まれ、その中にホワイトキューブが設置されていて、土の壁と白い壁の隙間を通路として設定してある。何となくエチオピアの岩窟教会群も想像してしまった。
ちょうど県美では澤さんが関わっている、企画展「めがねと旅する美術展」が開催されていたので観てまわった。
三内丸山遺跡
そして隣の三内丸山遺跡へ。
入り口から小径を通って進んでいくと、復元された大きな集落が見えてくる。六本の巨大な柱を持つ櫓と、その横にある小さな体育館ほどもある大きな竪穴式建物。竪穴式住居は15棟が復元されているが、550棟以上が見つかっていて、周囲には植物を栽培して収穫していたそうだ。5000年以上も昔、エジプトでクフ王がピラミッドを建てていたのと同じ時代に、縄文都市ともいえる大きな共同体がここにはあったのだ。
三内温泉
興奮冷めやらぬまま、八甲田山荘で教えてもらった近くの三内温泉へ向かったのだが、ここがまた強烈だった。強い硫黄臭と白濁したお湯、そのインパクトを凌ぐダラダラに溶けた壁と床。そしてお湯がめちゃくちゃ熱い。でも泉質最高で地元の人に愛されている温泉。おっちゃん達に話しかけてもらったけど、なまりが強くて半分ぐらいしか理解できなかった。
青森ねぶた
青森市内まで15分ほど走り、温泉でおっちゃんに教えてもらった青森B級グルメ「味噌カレー牛乳ラーメン」を食べて、ねぶたエリアへ。
初日なので大きいやつはあまり出ないよって話だったので、最初に来た小さめのやつを観てこんなものかと思ってたら、その後から続々と巨大な組みねぶたがやって来た。後ろに続く鼓笛隊の太鼓サウンドシステムも大きく、跳人の人数も盛り上がりもすごい。静と動といった弘前との対比がまた良かった。
サマーキャンプエリア
ねぶたの様な大きな祭りは地元の人だけでなく、全国からの参加者にも支えられて成り立っている。毎年この期間に自転車やモーターバイクで旅して来て跳人として参加する人も多いらしい。そのサポートとして、会場から少し離れた場所の空き地が無料キャンプスペースとして開放されている。
一方で豪華客船クルーズで見物に来ている観光客も大勢いる。貴賤に関わらずいろいろな人が訪れることができる環境を作ることが文化を大きくしていくために必要なのだと改めて感じた。今年の観客は合計282万人だったそうだ。
青森空港へ自走
早朝から起き出して、名古屋に出勤するために空港へ。青森市内から約15kmぐらいだが、グーグル先生は最短距離の強烈なアップダウンルートをプッシュしてきて大変だった。その変わりに青森特有の珍しいしめ縄を発見した。
空港のFDAカウンターでまた輪行ボックスを借りて、手早く梱包してチェックイン。このシステムはやっぱり最高だ。
名古屋から青森へ行くには
金曜日午前中には名古屋に帰着。空港から自走で出勤して、この輪行ライドは無事終了。あちこちに気を使う電車や新幹線の輪行よりもより楽に遠くへ行ける名古屋空港経由の飛行機輪行は新しいライドの世界を広げてくれる方法になりそうだ。
今回利用したFDAと、他の方法で青森まで行く行程(片道)を比べてみた。
新幹線(名古屋-新青森)
5時間48分 25,390円
在来線(名古屋-青森/乗換13回)
34時間50分 13,500円
FDA(名古屋-青森空港)
1時間20分 22,100円
ドリーム割タイプC/e割 タイプA ともに約45%OFF
(正規運賃は38,000円)
FDAはLCCほど安くはないけど、JALやANAなどのメガキャリアほど高くはない航空会社。45日以上前に予約すると価格はかなり安くなり、青森行きも最安で13,100円ほどになっている。全国のローカル空港に就航しているので、また利用したい。
今回は定休日を利用した弾丸旅行だったので、会いたい人に会い、観たい祭りを観た事以外に街や周辺を楽しむ余裕がなかった。
自分にとっての青森は、勇壮な祭りと美しい八甲田の他に、寺山修司や高橋竹山の国でもある。南部の方にも興味がある。またゆっくり走りに行きたい。
TODAY’S RIDER
Monjya【SimWorks】
-BIKE SPECS-
Frame | LITESPEED | Classic |
Wheel | CHRIS KING & Velocity | Classic hub & A23 |
Tire | Panaracer | GRAVELKING 26c |
Saddle Bag | Porcelain Rocket | Mr.Fusion MINI |
Frame Bag | Porcelain Rocket | Custom FrameBag |
Handle Bag | Porcelain Rocket | Nigel&Mini Slinger |
-野宿 SPECS-
テント | OUTDOOR RESEARCH | Helium Bivy |
寝袋 | COCOON | トラベルシーツ コットン |
サングラス | RAL | 旧activite |
輪行袋 | FAIRWEATHER | bike carry bag |
その他 | 工具セット,三脚,バッテリー,ケーブル,財布,カメラ,手ぬぐい,着替え,サンダル |
TEXT & PHOTO by Monjya