今年に入って一番最初に遠出する先は鎌倉、と決めていた。
まだ私がアーリーバーズで働く前に一週間ほど滞在していたこともあり、この場所には思い入れがいっぱい。もう一度訪れたい場所、もう一度会いたい人を訪ねて横浜行きの新幹線に乗り込んだ。一年半前と違うのは、愛車のオールシティと一緒に、というところである。
輪行もだいぶ慣れてきたので、最初は時間のかかっていた「自転車を輪行袋に詰める」という作業も苦ではなくなってきた。夏に購入したフェアウェザーの輪行袋は袋を自転車の上からバサッと被せ、裾を絞るというタイプなので作業自体も楽だし、サイズも大きいのでサドルまでしっかり覆えるところが使いやすい。またこの輪行袋自体のコンパクトで軽量なところも気に入っている。
名古屋からだと2時間30分もかからずに鎌倉に到着できる。自転車を組み立て、まずは荷物を預けるために今夜の宿へである“ゲストハウス亀時間”に向かってペダルを漕ぎだす。この亀時間こそもう一度訪れたかった、会いたい人のいる場所のひとつだ。
90年の歴史を持つ古民家を改装してできているこの宿は、鎌倉時代に港町として栄えた材木座という町にある。鎌倉駅から2キロほど離れた、中心部から少し外れに位置するこの町はまだコンビニがなく、古くからある商店街や鎌倉に唯一残っているという銭湯が立ち並んでいる。また若い人たちが自分のやりたいことを表現している場所かのように、燻製屋やお菓子屋、コーヒースタンド、サーフショップ、創作料理やカレー、ビーガンの飲食店など小さな個人のお店がところどころにあるのも魅力的だ。ここに流れる穏やかな雰囲気と材木座海岸から眺める朝晩違う海の顔、そしてこの亀時間で過ごす時間は特別で、格別で、飽きることがない。
会いたかった人というのは、ここ亀時間のオーナーである櫻井雅之さんと、スタッフであり、また夫婦で”旅音”というユニットを組み、世界を旅した写真と文章を綴った本を出版している林澄里さんのお二人。メール等で近況報告はさせてもらっていたが、実際に会うのは一年半ぶり。その間にあった様々なことを話す。バックパックで少しの間世界を旅した時のこと、サークルズやアーリーバーズのこと、ライドイベントや自転車のある暮らしのこと、そして今私がお菓子を焼いていること。以前はこれから何をしよう、何がしたいだろう、っていう状態の自分だったから、こんなふうに今自分がしていること、これからしていきたいことを話すことができて嬉しかった。
また櫻井さんと林さんの世界を旅して周っているときの体験談や今宿業を通して取り組んでいる町づくりのことなど、二人の話は面白くていつも刺激的。今回も赤いタイルが張りつめられたままの、昔ながらの雰囲気が残る亀時間のラウンジで灯油ストーブを囲みながらいろいろなお話が聞けた。
鎌倉へ来た理由はもうひとつ。好きなのはもちろん、自分もお菓子をつくるようになった今では憧れとなっているお菓子屋さんに行きたい!そこのお菓子を食べたい!というもの。いうならばお菓子の旅だ。亀時間に荷物を預けたあと、真っ先に向かったのは“POMPONCAKES BLVD.”
このポンポンケーキは、お店こそ最近できたばかりだが当初は自宅で焼いたケーキをカーゴバイクに詰めて鎌倉の町に現れる、というなんとも面白くてユニークなお菓子屋さんだった。もちろんカーゴバイクの中のケーキたちは町の人たちに大人気で、毎度のことすぐさま完売、だったそう。
実店舗は材木座から4キロほど離れた山の方向にある梶原という町にできており、前回初めてこのお店に来た時、気に入りすぎて2日連続で通ってしまったお店だ。
次来れた時は、サヴァランを食べようと決めていたので迷わずオーダー。そしてキャロットケーキも。バナナブレッドやキャロットケーキなど、今自分が実際に焼いているケーキが置いてあると気になってつい食べてしまうようになった。
サヴァランはフランスの焼き菓子で、ブリオッシュを半分に切って洋酒にたっぷり浸し、さっくり生地とじゅわっとした染み込み生地が層になったケーキ。今ではあまり見かけないけれど、昔はショートケーキとともにお菓子屋さんの定番だったそう。初めて食べるサヴァランは上品だけどなんだか懐かしくて、とても美味しかった。
オーナーの立道さんにもご挨拶でき、素敵な接客もしていただいた。明るくてやさしい、でもフレッシュでかっこいい絶妙な空気感ができあがっているこのポンポンケーキはつい長居したくなってしまう。
そのあとは鎌倉駅周辺まで戻り、路地裏にあり週末はお花の販売も行う、新しいスタイルの小さなコーヒースタンド“THE GOOD GOODIES”に立ち寄ったり、味はもちろんだが接客も素晴らしすぎてもう一度受けたい、という思いで訪れた老舗喫茶店の“カフェディモンシュ”、亀時間の近くにオープンしているグルテンフリー、シュガーフリーのお菓子屋さん“AaH Bit”へ行ったりした。
そしてもうひとつ絶対に行きたかったお店が、こちらも亀時間の近くにある“ミルコーヒー&スタンド”という若い女性の方が開いている小さなコーヒースタンド。前回何気なく食べたここのキャロットケーキの美味しさが忘れられなくて、アリバでお菓子を焼くことになり、どんなケーキをつくろうかと考えた時にあんなキャロットケーキが焼きたい!と自然に浮かんできたほどだった。それからあの味を目指してレシピをいじっているので、今のアリバのキャロットケーキはここのものが原点になっている。最近お客さんの層に合わせて小麦粉から米粉に変えた、という1年半ぶりに食べたミルコーヒーのキャロットケーキは、それでも変わらず美味しくて、やっぱり大好きだと改めて思った。
たくさんのお菓子を食べて接客をうけて、そしてそれぞれのお店の人たちとお話をさせてもらって、同じお菓子を通じてもそれぞれが目指すものや重きを置いているものが違うだけでこんなに表現されるお菓子やお店が変わるのか、ということを知った。私も自分はどんなお菓子がつくりたいのか、それを通してなにがしたいのか、表現したいのかをもっと強く、しっかりした軸を持たないと、と思う。
今でもアリバに毎日お菓子を買いに来てくれるお客さんがいて、美味しいって笑顔を見せてくれること、これがどれだけしあわせなことか、それだけは忘れないでお菓子をつくっていきたい!
1年半前は自転車に出会っていなかったのでどこに行くにもひたすら徒歩で歩き回っていた鎌倉の町を、今回はオールシティで再訪する。きらきら海面が眩しい海沿いも、ポンポンケーキに向かう山の緑に囲まれた坂道も、何度か出くわすトンネルも、駅周辺の人混みや路地裏も、自転車で走るとこんなにもみえる景色が違う。感じる風や匂いも。徒歩も自転車も、両方いい。でも、知らない町や好きだけど遠くにある町を自転車で走るのって、やっぱり最高に気持ちよくて楽しかったりする。今回は1泊2日の弾丸旅だったが、自転車があるとこんなにも行ける場所と会える人たちがいて、十分に充実した、素敵な二日間になったと思う。
鎌倉の町でオールシティを押していたら、「それ、東京のブルーラグで買ったんすか!?」と話しかけてきたカフェの店長さんが、大の自転車好きでサークルズやシムワークスの商品をウェブショップで買ってくれていたお客さんだったことや、大好きな材木座海岸を散歩していたら地元のおじちゃんたちと鎌倉の名産品”材木座海岸をわかめ”の仕込みを手伝うことになったことなど、こんな地域の人たちとの小さな出会いや交流も楽しい。
車内では少し気も使うし駅構内では自転車を担がないといけないけど、こんな時間が過ごせるからやっぱり自転車を持って遊びに行くのは好きだ。荷物だって、日常使いのリュックひとつとポーセリングロケットのサドルバックひとつで一泊二日の荷物と大量に買った焼菓子たちは収まってしまったから、それは身軽で便利な旅だった。さあ、次はどこに行こうかな!
上野明日美(Instagram)