来店予約はこちら

【BEDROCK SANDALS】Cycling Africa from Cairo to Cape Town

マッケンジー・バーニーは、フロリダを拠点に活動するライター、冒険家、映画製作者です。今回のブログでは、マッケンジーがパートナーのジムとアフリカ大陸を巡る壮大な自転車ツアーについてのレポートを翻訳して紹介します。マッケンジーのウェブサイト「Yatri Project」でこの旅について詳細を知ることができ、インスタグラムで彼女をフォローし、彼女の壮大な冒険をご覧ください。


轟音とともにアフリカの野生動物が姿を現し、巨大な牙を持ち鳴き声を上げながら、雄象がこちらに向かって飛び出してきた。

私の脳は断片的な情報を発した。

「象、待ち伏せ、自転車、アフリカ」

野生のアフリカゾウが密生している、その名も「エレファント・ハイウェイ」は、カイロからケープタウンまでのサイクリング・ルートで最も有名な区間の1つだ。

「エレファント・ハイウェイ」で象の群れに遭遇する。

私は、すべての探検の中心には好奇心が存在すると確信している。私たちの世代の多くが住宅ローンに投資している一方で、私とパートナーのジムは、地球上の遠く離れた土地を放浪している。地図を見るたびに、あるミステリアスな土地が私たちの名を呼んでいるように思えていた。アフリカだ。

アフリカを自転車で1周した Riaan Manser の話に触発され、この巨大な大陸を人力で探検しなければいけないように感じた。少し下調べをすると、それはそこにあったのだ。私の冒険心に火をつけるもの、カイロからケープタウンまでのサイクリングルートが。

ケニアで赤道(equator)を通過

私はもともとバイクパッカーだったわけではない。まずスルーハイクに心を奪われた。初めて歩いた長距離ハイキングコースは、当時世界一新しいコースであった、ニュージーランドのテ・アラロア(Te Araroa)、通称 “TA” だった。大自然の中で生活し歩いた5ヶ月間は、脳の配線を変え、人生の方向性を見直すことになった。トレイルを通して、バックパックの中身をばら撒いて、最小限の装備を吟味した。フットウェアに関して言えば、キャンプやオフトレイル用のミニマリストサンダルを携帯していた。TAハイキング以降、多くのことが変化したけれども、シンプルな思いは変わらず、私をさらに世界中のフットパスへ導いた。

そんな旅の途中、パートナーのジムと出会った。ともに世界を冒険する精神を共有する人だ。

ニュージーランドでのハイキング

この地球上で最も有名なトレイルいくつかを踏破した後、私は人力による探検の次の段階にロマンを抱くようになった。それはバイクパッキングだった。

次のステップの予感がしたので、数年前に単身でベトナムにわたり、安いバイクを買って、ホーチミンからハノイまでライドをした。その1秒1秒を楽しんだ(装備選びで修正する必要があるのは確かだったけど)。 そして自転車での次の冒険を即座に計画した。ほとんどの装備はハイキングから自転車へと対応したけれど、自転車での長期間の走行に耐えられるサンダルはまだ見つかっていなかった。アフリカでの旅のために、ソールがゼロドロップで快適、そしてバイクパッキングのストレスに対応できるサンダルが必要だった。

こうして私はベッドロックサンダルを履くようになった。

サハラ砂漠の夕日に向かって、新しく手に入れたバイクパッキングサンダルで走る

このサンダルの天啓を受けられたのは、私の功績ばかりではない。つまるところジムのアイデアだった。彼の愛用しているサンダルは、彼の冒険心をくすぐるものなのだ。ジムはこの10年間、バックパッキング、クライミング、ヒッチハイク、サーフィン、トレッキングで世界中を旅してきた。彼はギアジャンキーであり、良く作られ、そして長く使えるアウトドア用品を好んでいる。そして、使用期限があるようなギアは彼の美意識とはマッチしない。

ミニマリストサンダルを調べ上げた結果、ベッドロックが彼の中のサンダル表彰台にの第一位にノミネートし、未開の地や人里離れた場所での航海に対応できるサンダルに出会えたことにホッとした。

タイの渓谷を探検するジム

ジムのベッドロックサンダルは、5大陸50ヵ国以上を旅した。ペルーのアンデス山脈、ネパールとインドのヒマラヤ、チリのアタカマ砂漠、パナマの人里離れたコーヒー農園、コスタリカの火山をトレッキングしてきた。これらはジムとベッドロックお気に入りの物語のほんの一部だ。

ペルーのユニークな砂漠のオアシス「ワカチナ」を探訪
ペルー・アンデスのハイキング
インドネシア・ギリ島を散策

このサンダルには、ジムの代表的な長距離スルーハイク ー ニュージーランドのテ・アラロア1800マイル、パシフィック・クレスト・トレイル2650マイル、最近ではコロラド・トレイル500マイル ー に同行した際の足跡が刻み込まれている。

ジムのスルーハイク用品の各アイテムは、何千マイルものトレイルに耐えてきた

ビブラムのフットベッドが彼のパスポートと同じように擦り切れてボロボロになったことに気付いた時、ジムはベッドロックの革新的な「Re-Soul」プログラムを発見した。履き古したサンダルを送ると、修理して再度履くことができるのだ。ストラップはそのままに、ソールを新しくしたサンダル。これは全てを変化させた。

サンダルのライフサイクル(寿命)を延ばすことは、ミニマリズムとリダクショナリズムを付加することであり、この2つのコンセプトは、私たちのマニフェストに深く結びついている。私たちは二人とも、環境の保全のため、それぞれの部品に秘められたストーリーのためにも、自分の道具を永久的に使い続けられるよう努めている。アフリカの旅のために中古の自転車を買ったのも、ジムが旅先で洋服のパッチを当てたり、アウトドアバッグのほとんどを縫って直したりするのも、そういうことだ。そして私がアドベンチャーサンダルとしてベッドロックサンダルを選んだ主な理由でもある。私たちが集めるギアの一つ一つが、トレイルや旅行、バイクツアーに耐えられるものである。

我々が立つ場所(母なる大地)を愛し、足跡を残すことよりもそのストーリーに価値を見出す人たちにとって、「Re-Soul」プログラムは、私たちの精神と一致するものである。ベッドロックが「Re-Soul」のたびに縫い付ける誇らしいパッチは言わずもがなである。

元気を取り戻した彼のサンダルは、コーカサス山脈やキルギス、タジキスタン、ウズベキスタン、クルディスタンの大自然を旅してきた。

エジプトに足を踏み入れたとき、ジムと私は6番目の開拓大陸に南下することを決意した、アフリカだ。

エジプト、カイロのピラミッドから南アフリカ、ケープタウンのテーブルマウンテンまで、10カ国、11,000キロ、5カ月をかけてアフリカ大陸を縦断する自転車の旅だ。エジプトに飛び、バイクを組み立て、ハイブリッドバイクパッキング/ツーリングバッグを取り付け、必要なものだけを詰め込んだ。

ギザのピラミッドにて

自転車での旅のハーモニーは、ある種、超感覚的なものに思えた。未知の土地に触れ、気ままに自転車を転がし、スルーハイクの次のステップとして、迎え入れた。

私たちの頼れる相棒、私の SURLY Disc Trucker と、ジムの KONA Sutra

スーダンに入ると、自分たちのルートがいかに甘かったかがよくわかった。アフリカでは、状況が瞬時に変化する。私たちは、軍がクーデターで首都を占拠したとき、初めて政情不安を味わった。電話もインターネットも通じず、外界から遮断された私たちは、ハルツームへ向かう道のりの安全性について、現地の人から情報を得なければならなかった。安心はしたが、まだ状況は不安定だ。サハラ砂漠の広大な大地と厳しい自然の中でのサイクリングにエネルギーを集中させ、首都に向かってペダルを踏み、南下する。

スーダンの広大な砂漠を自転車で走るジム
砂漠でワイルドキャンプ

何もない砂漠に点在するのは、時折現れる “カフェテリア”。日陰や飲み物、食べ物、時には寝るための簡易ベッドまで提供する、スーダン版トラックストップ/ロードハウスだ。これらのカフェテリアは、私たちの毎日の目的地であり、猛暑の中のオアシスでもあった。

スーダンのカフェテリアでお茶を楽しむ
カフェテリアのフレンドリーなオーナーが提供してくれた簡易的なベッドで夜を過ごす

エチオピアのティグレ紛争の影響で国境が閉鎖され、スーダンのハルツームからエチオピアのアディスアベバまで飛行機で移動せざるを得なくなった。アディスに到着すると、南部の反政府勢力の活動が活発化しているとの情報が入り、バスでケニアとの国境に向かうことにした。

ケニア北部に入ると、チャルビ砂漠の吹き荒れる風に挨拶を交わす。暑さからは逃れられないようだ。しかし、半遊牧民族や有名なアカシアの木の下でのワイルドキャンプの光景は、私たちに畏敬の念と驚きを与えてくれた。やがて赤道直下に到達し、南半球の旅に出ることができた。ケニアは、まさに絵に描いたような憧れのアフリカだった。

ケニア北部で昼食休憩

タンザニアの活気、風情、そして国の誇りは、熱く険しい丘陵地帯で出会う、飲み物の露店と同じように活力を与えてくれた。マサイ草原を疾走する私たちの自転車は、果てしない勾配で傾いているようで、体はそれに順応するしかない。このタンザニアで、私たちはようやくアフリカのリズムに慣れ、広大で過酷なサイクリングの日々が現実のものとなった。

タンザニアの道端の露店で涼む
そう、このスイカを一度の休憩で丸ごと食べてしまった

ザンビアでは気温が上がり、自転車での移動距離も長くなった。深い森の中に点在する草ぶき屋根の村では、何千もの挨拶と好奇心旺盛な子供たちの笑い声が響いていた。北部の僻地は やがて人口の多い首都への道へと変わっていった。ルサカで休暇を過ごし、新たな年を迎えるために、地球上で最も偉大な自然の光景のひとつであるビクトリアの滝に到着するためにペダルを強く踏み込んだ。

ザンビア北部でおやつ休憩

新しい年のフレッシュな気持ちで、ボツワナに入り、起伏のある丘陵地帯から平坦で開放的な道路になり、ほっとした。ボツワナの未開の荒野で、象の通行止めや激しい雨に見舞われながらも、最大級の日数を走り、まるで空を飛んでいるような気分になったことを覚えている。ライオンの脅威が迫っていたからこそ、ペダルに力が入ったのかもしれない。

雄象の突撃後にチェーンの不具合を点検

ナミビアは私がこの地球上で目撃した中で、疑いようもなく最もユニークな風景だった。地球上で最も人口の少ない国のひとつであるナミビアは、巨大な砂丘、オリックスのような雄大な生き物、難破船で有名なスケルトンコーストなど、生物の多様性に富んだワンダーランドだ。アフリカの秘境と言われるだけある場所だった。

世界一高い砂丘に囲まれた「デッドヴレイ」を散策

この旅の最後の国であるナミビアと南アフリカの国境であるオレンジ川に近づくにつれ、気温は48度まで上がり、激しい向かい風に見舞われた。残り少ない距離を走り抜けるよう、気温と向かい風を避けるため毎日午前4時に起床することにした。

最後の国境に辿り着いた喜びと、灼熱の暑さに身が引き締まる

もしジムとサンダルが話せたら、とんでもない冒険談を紡ぎ出すのではないかと妄想してしまう。
何千キロもの世界的なトレイルとペダリングで風化したサンダルは、豪快に息を吐き、無謀な冒険をし、サハラの砂漠の砂塵に汗を流した。”次の冒険へ向かって”と、彼らは啖呵を切るだろう。結局のところ、発見があるからこそ、私たちはこの地球上で前進することができる。そして車や飛行機、電車ではなく、自転車を選択したことが大きな収穫だった。

ナミビアを代表するデッドヴレイにて

ケープタウンに向かう最後の道のりで、アフリカでの自転車旅はサイクリングというより、まったく未知の世界に迷い込むことだとはっきりわかった。自転車は、私たちが選んだ乗り物であり、異国の大陸を目撃し、遠い国の謎を探るための手段だった。

長く遠い冒険だった。冒険とは、何年もかけて計画し、何ヶ月もかけて取り組むものだ。冒険とは、心と魂、そして絶対的な存在を求め、その代わり、毎日少しずつ謎を解き明かしていくものだ。

5ヶ月の旅の最終日、ケープタウンの街並みに映える私たちの車体
ジムが最も気に入っているお土産は、アフリカが生んだサンダル焼け

All words © McKenzie Barney. Photos courtesy of McKenzie Barney and James Beatty.
Translated by Circles.

アバター画像

Circles
Circles

名古屋の自転車屋、Circlesです。This is Circles Bike shop in Nagoya Japan.
Circlesの記事一覧