爆音と静寂の間に生まれる、西海岸のピュアリズム

カリフォルニア州サンタクルーズ。 海からの風と、乾いた土の匂い、そして終わることのない「遊び」の精神が根付くこの場所から、サークルズに新たな、しかしとても偉大な仲間が加わりました。
Rock Lobster Cycles / ロックロブスター・サイクルズ。
ハンドメイドバイクの世界に少しでも足を踏み入れたことがある人なら、その独特な「Sea Foam Green」のチームカラーを一度は目にしたことがあるでしょう。 しかし、今日ここで語りたいのは、ブランドの歴史の教科書的な説明ではありません。

なぜなら、ビルダーである Paul Sadoff(ポール・サドフ)という男は、単なるフレームビルダー、職人という枠には決して収まらない、「ロックンロール」そのものな人物だからなのです。
ギタリスト、Paul Sadoff の肖像
時計の針を少し巻き戻しましょう。 かつてラスベガスで開催されていた自転車業界最大の展示会、インターバイク。煌びやかな最新機材が並ぶ会場の一角で、ある日の午後、強い熱気を放つ音楽ショーが行われていました。
そこでステージに立ち、ギターを掻き鳴らしていた男。それがポール・サドフでした。 いわゆる「余興」のレベルではありません。彼の指先から放たれる音は、聴く者の心を鷲掴みにする本物のロック。その姿を見たとき、頭の中で点と点が線で繋がったのでした。「ああ、この人は自転車を作るときも、このギターと同じ熱量で向き合っているんだ」と。
彼と音楽の関係は、単なる趣味ではありません。 伝説的なヘッドセットメーカー、Chris King(クリス・キング)の公式インタビューにおいて、ポールはかつてバンド活動をしていたことを語っています。 興味深いのは、クリス・キング自身がポールの古い録音テープを聴いた際、「You were a shredder!(なんだ、めちゃくちゃ弾けるじゃないか!)」と驚嘆したというエピソードも残っています。 “Shredder” とは、超絶技巧の速弾きギタリストを指すスラング。彼の演奏技術は、当時の仲間内でも一目置かれるレベルだったのです。
また、他のインタビューでも、彼はこうも語っています。 「今でも毎日ギターは弾いているよ。フレームを作り始める前に、頭を空っぽにして整えるためにね」
サンタクルーズの彼の工房には、溶接機や治具と並んで、使い込まれたギターとアンプが鎮座しています。彼にとって、弦を弾くことと、トーチを握ることは、どちらも同じ「表現」であり、精神のチューニングなのかもしれません。
ブランド名である「Rock Lobster」が、The B-52’sの名曲から取られていることは有名な話ですが、それは単なる引用や洒落ではなく、彼のアイデンティティそのものが音楽と不可分であることを象徴しているのだとも思います。
あえて今、アルミのリムブレーキ・ロードレーサーを

そんな「ロックな男」に、サークルズとして何をオーダーすべきなのか。 現代のロードバイクシーンを見渡せば、カーボン素材、油圧ディスクブレーキ、電動変速といったハイテクの波が押し寄せています。もちろん、それらは素晴らしい進化です。
しかし、ポール・サドフというビルダーの本質に触れようとしたとき、私たちの答えは真逆の方向にありました。
「Aluminum Rim Brake Road Racer」

サークルズが昨年の MADE の現場でオーダーしたのは、極めてシンプルで、純粋なアルミ製のリムブレーキ・ロードレーサーです。
「なぜ今さら?」と思われるかもしれません。ですが、これこそが Rock Lobster の真骨頂なのだと信じています。

ポールはスチールフレームの名手であると同時に、ハンドメイド界における「アルミフレームの魔術師」としても知られています。一般的に「硬くて疲れる」と言われがちなアルミという素材を、彼は魔法のように扱い、しなやかで、かつ恐ろしいほどによく進むフレームへと昇華させます。
かつてイーストンが自転車用のアルミパイプの供給をやめたとき、彼がその在庫のすべてを買い取ったという逸話も耳にしたことがあります。それほどまでに、彼はアルミという素材と真剣に向き合い続けてきました。

彼が作るバイクは、床の間に飾るための美術品(Jewels)では決してありません。
泥にまみれ、傷つき、レースで酷使されるための遊び道具(Fun Tools)です。そこには一切の虚飾がありません。シンプルであるがゆえに、ビルダーの腕がすべて露わになる。誤魔化しのきかない世界です。


今回あえてディスクブレーキではなくリムブレーキを選んだのは、現代のシステム化されたスペック競争から距離を置き、自転車という乗り物が本来持っていた「初期衝動」を呼び覚ましたかったからです。
ギターに例えるなら、複雑なエフェクターボードを通したデジタルサウンドではなく、アンプ直結のレスポールの歪んだ音。
ポール・サドフというギタリストが奏でる「音」を、余計なフィルターを通さずにダイレクトに感じ取るには、この構成以外に考えられませんでした。
繋がる系譜、サンタクルーズの風を名古屋で
ここで一つ、大切なストーリーを付け加えさせてください。
サークルズと長きにわたり親交の深い SyCip Designs の Jeremy SyCip(ジェレミー・シシップ)。実は彼もまた、ビルダーとして駆け出しの頃、ポールの仕事を手伝うことでその技術と生計を立てていた時期がありました。
そして、今や伝説となりつつある Rick Hunter は、彼と工房をシェアしていた時期もあります。
加えて、SimWorksのDoppoを製造するShin Hattoriは、UBIにてフレーム製造を彼から学んだという事実もお伝えすべきだと思います。
私たちが愛してやまない西海岸のハンドメイドバイクカルチャーは、こうした師弟関係や友情、そして互いへのリスペクトで強く結ばれています。Sycip や Hunter を通じて感じていたあの空気感の源流の一つが、まさしくこの Rock Lobster には息づいているのです。
完成したバイクを前にすると、そこには確かにポールの息遣いが感じられます。

太めのアルミチューブをつなぐビードの痕跡。無骨ながらも計算され尽くしたジオメトリー。そして何より、佇まいから溢れ出る「走ることへの渇望」。
彼はかつて、「顧客がレースで機材のせいにできないようなバイクを作る」と言い切っていました。
それは乗り手に対する挑戦状であり、最高のエールでもあります。
最新のスペック表には載っていない魅力。
数値化できない「ヴァイブス」。
サークルズが敬愛してやまないアメリカン・ハンドメイドバイシクルの源流。

ポール・サドフが鳴らす、乾いたロックンロールのリズム。
ぜひ店頭でそのビートを感じてみてください。これは、ただの自転車ではありません。あなたの日常を正しく揺さぶる、最高の相棒になるはずです。

今回はサークルズとしてのオーダーでフレームを作っていただきましたが、「自分だけの特別な相棒が欲しい」と思われたサイクリストの皆さまは、ぜひ新店舗 Circles Tailored へ足をお運びください。
じっくりと時間をかけて好みや夢を聞かせていただき、その実現をサークルズが丁寧にお手伝いさせていただきます。



ROCK LOBSTER CYCLES
7005 Aluminum Rim Brake Road Racer Frameset
サイズ:52cm, 54cm, 56cm
価格:440,000円(税込)