賢く、健全に、正しく、そして何より、何に対しても無駄使いをさせないこと目的に、ケチであることを自認する、そんな人にぼくもなりたい。 サークルズ年歴 – レイヤードとコンテンツは裏切らない編 –
個人的に道具と呼ばれるものに対して固執していた。
前職でも道具としてワークウェア、数々のワークウェアたちを愛していたのは紛れもない事実だ。
アメリカ時代の飯の種でもあった、ビンテージと呼ばれるものに対して、ある部分のみに固執し、大部分に対し無頓着に振る舞った。(基本姿勢としてビンテージのたぐいは参考資料としてはとても興味深いものですが、それらを大枚はたいて収集するまでの勇気や欲望は持ち合わせていないのと、自身のモノ買い哲学として、今現在の最良で最上を見つけるのが一番楽しいというのが根本にあるので。)そしてそれらの道具が使われていく過程で変化する外観や、やがては壊れていくモノたち、でもそれを直し、再び使えるようにする人たちの存在、そんな道具たちに戯れるのが大好きだったいえるのだろうか。
加えてそれらは、ある特別な人達のためのみのものではなく、広く一般に対して使ってもらえることを前提に作られるものが大好きだった。
それは扱うものが変わったとて同じくして愛情を注ぐことになった。
サーリーというメーカーがぼくの心を捉えて離さなかった理由は色々とあって、今までも日記に思いの長けは書いてきたのだけども、年月が過ぎていくにつれて、何もかもがどんどんと代わっていくのだから、いつの時代でもどんなときにでも、同じことを繰り返し、伝え続けることが、年月というひとつの杓子を超えていく、唯一の方法だと悟った影響もあり、よってサーリーにまつわる話や考えを書いてみようとふたたび思った。
今から18年前にアメリカ、ミネアポリスで試行錯誤を経て生まれた。
自転車にしか興味のない若い自転車乗りが、自転車をこよなく愛する人や、自転車をさっぱり知らない人々のために、賢く、健全に、正しく、そして何より、何に対しても無駄使いをさせないこと目的に、ケチであることを自認し、そこに自分たちの経験値をありったけ足していく。
(上記の初期型OnexOneは友人が所有する本物である。 ただ初期型と言っても2世代目だけども。 ちなみに最初期はウル覚えだけども、たしかピーコック・グルーブと一緒に製造されていたはずです。)
そのようにして考え抜かれたアイデアは、どこの誰にも真似をされにくく、もしくは真似をする行為というものがあまりにも滑稽になってしまう。なぜならばそこには真性のサイクリスト(今巷で話題なジャストライド的の)にしか知り得ない、独自的な思想、自由、そして美学が存在し、意味をわからずして、もし真似たとならば、この大きな世界の小さなコミュニーティーからとんでもない烙印が押されてしまうというわけだから。
他人の評価する性能にむやみに身を委ね、著名人が所有するものにコウベを垂らす。
真の豊かさや経験からは程遠い場所にある、お金であり、見栄であり、これらを表現する以上の欲がある。
それらすべての本質を知っている彼らはただただ純粋に、サドルに跨り、地面から足を上げ、美しき世界に自由を求めて、いつも漕ぎ続けている。遅かろうが、早かろうが。
それだけを信じて、己に楽しさを求めて、たぶん人が見失っている大事なことを伝えるために、そして信じる道具に託して。
道具はいずれ朽ち果てる。そう人も同じだということも。
それを知った先にある答えとは、すなわちそれは朽ち果て方や朽ち果てさせ方が大事だということかもしれない。
ならば出来るだけ丈夫にと前もって作っておく。(体と一緒なのだ。)そして自覚がちゃんとあり、
また出来るかぎり多くのサイズを存在させる、それは人の存在が多いというイコールであり、
そして出来るかぎりの自由を道具の中に与える、それは方法は無限だと知っているから。
加えて自分のペースを守らせること、それが唯一の歩みを止めない秘訣だとも。
彼らの行動をステレオ・レベルで伝えるとカウンタ・カルチャー、でも作り上げてきた存在はすでにカルチャー。
多くの人がはじめは鼻で笑う物事からしか、新しい文化や思想は生まれないことは歴史が証明している。 そして常に一般的に良いと思われている物事ほど、不安定であることも事実。道具は人が生み出し、それを使うことによって、次なる仕事を生み出していくはずなのだから、人が出来るだけ正確にそれを理解し、正しく利用してさえくれば、すごくシンプルに生きれるはずだと個人的に信じている。そして今もわたしはサーリーの製品以上にその思想に出会えたこと、また道具の意味に対する探求を続けていることこそが、今の自分が持っている財産だともおもっている。
サーリーは今やひとつのブランドになったとある人は言う。そして最近の若いお客さんとの会話の中でサーリーは高いブランドだから、みんなが乗っているから嫌だなんてこともしばしば聞いたりもする。そんな言葉を聞くたびにとてもファッション的な発想だなってちょっと残念な気分にもなるのだけど、それを乗り越えていくことこそが、確かなブランドとしての証だと思うし、やはり僕たちのできることとして、モノの意味と価値を正しく、できるだけ途切れること無く、つねに話し続けるしか無いんだとも悟るわけなのだけど。(ぼくが個人的に好きなサーリーとはアメリカの大学の構内なんかにある、生協的な生徒が経営するバイクショップで売られているサーリーで、そのアッセンブルや使われ方がとてもサーリー的。そんなことから僕たちができること、やるべきことのひとつ、コミュニティー・サポートの中心地となるべく、新店舗カルチャークラブの創造に繋がったわけなんだけども。そしてシムワークスも。この話もまたあとで。)
会話を続けること、それが接客業における一番大切なことだと思う。お客さまが何を望み、何がしたくて、どう自己完成させたいのか、どういったものを所有していて、何を信じていて、何を食べていて、どんな人たちと交流して、そんなちょっとした情報から何を提供すべきなのかわたしの持つ引き出しを開け、お客さんの要望をより良い意味で裏切りつづけることがやるべき仕事だとも信じて。そして最後に自転車についての多少の情報を伝えて、サーリーという会社の本音を伝えるべきなら少しだけ伝えて、そしてわかってもらえる人が少なくないことにも、たびたび感動ができるのだ。
あらゆる物事に共通すると思うのだが、他人との接触によって、自分や物事の本質を知ることが最良でかつ手軽に、そして最高の方法であり、そして生きていく上での楽しみのひとつではないかと思ったりもする。
だからこそ僕たちが道端に店を構えて存在できる唯一の理由だとも言えるかもしれない。
それなりの経験値、たとえば人一倍モノをブッ壊しながら遊び、時には辛くしんどい思いをしてまで遊び、街山の表情を五感で感じながら遊び、とにかく一生懸命に遊んだ先に、それを自分たちの表現方法に置き換えてみんなに伝えたくなる。それはたぶん遊びのための道具を提供するために、もっとも重要なスキルなのだとも信じ。この信念こそが自国のみならず、他国の多くの仲間たちとの共通認識だと感じている。
そして最後に、最高の道具に出会うためには、最高の人たちと出会わなければいけないのだ。
こんな会話を新店舗にて幾度となく繰り返す、それは次の軌道へ準備段階だったのだと今振り返り、そして新たな行動への布石へと変化する。
– サークルズ年暦・産みの苦しみは生の苦しみの根源編 -につづく。
– INFORMATION -
サークルズ10周年記念祭
場所:PLASTIC FACTORY
日時:12月3日(土) PM7:00~
みなさまと良き時間をすごせれますように現在ビルドアップ中です。
ぜひ手帳に書き留めておいていただければ幸いです。