期待は、未来への前借りかもしれない
新年度が始まりました。サークルズの決算月は6月ですが、この節目にあわせて、社内の仕組みや文化を少しずつ見直しながら整えていこうとしています。

そんななか、最近とても象徴的だと感じたのが「初任給の高騰」です。月給30万円、50万円という数字がニュースに踊り、社会全体が「スタートラインに立つこと」にこれまで以上の価値を置くようになった気がします。バブル期を知る世代にとっては、どこかで既視感を覚えているかもしれません。
この流れを「変化の兆し」と受け止めつつも、同時に小さな不安も感じています。“報酬が先に与えられる”ということは、本来時間をかけて築かれるはずの信頼や関係性を、逆に希薄にしてしまうのではないか。そんな問いが、ふと胸の奥に残ります。
今回は、「高い初任給」が社会や組織にもたらす意味の再定義と、そのなかにある希望について、少し考えてみたいと思います。
1. 逆転現象と制度が問われるとき
ここでは“逆転現象”という言葉を、「新卒の報酬が、中堅層の給与を上回ること」と定義してみます。
もちろん、企業が新たな人材に大きな期待を込めていることは間違いありません。でも、社内で日々積み重ねを続けてきた人たちにとっては、「なぜ、まだ何もしていない人が…?」という気持ちが芽生えてしまっても不思議ではないと思います。

こうした感情のズレは、現場におけるモチベーションの低下や、組織全体の評価制度への疑念となって現れてきます。しかし、裏を返せば、それは制度そのものを見直すチャンスでもあります。
“年功序列”や“一律の昇給”といったこれまでの前提から、“役割や期待値”に応じた柔軟な仕組みへと変わっていけるのか。
社会全体がいま、その可能性の扉に手をかけているのかもしれません。
2. 新入社員にかかる静かなプレッシャー
一方で、高額の報酬を受け取る新卒たちの胸中が、穏やかとは限りません。
「これだけもらっていて、何もできていない」
「早く結果を出さなくちゃいけない」
そんな言葉にできないプレッシャーに押され、自信を失ってしまうケースもあるでしょう。本来なら、じっくりと時間をかけて成長していくはずの時期に、いきなり“期待の重み”を背負ってしまう。

高い報酬は、入口としての魅力にはなっても、長く働き続ける理由にはなりません。それでも、“自分は価値ある存在だ”と信じることができたなら、それは自発性や覚悟を育む力にもなるはずです。
期待とは、未来への前借り。
その借りを、どう返していくか。
それを考えることが、社会人としての第一歩なのかもしれません。
3. 報酬は「お金」だけではない
誰に見られているか。
どんな言葉をかけられたか。
どこに“意味”があると感じられたか。

こうした感覚の一つひとつが、人を支える“関係資本”という価値なのだと思います。
お金が「市場で使える通貨」なら、信頼や文化は「組織の中で通じ合う通貨」、その両方があってこそ、人は安心して働き、挑戦し続けられるのではないでしょうか。
報酬がどれだけ高くても、それだけでは“関係”は育ちません。だからこそ、企業はその土壌をどう耕すかを問われているのだと思います。
4. 競争が文化を壊すとき、育てるとき
「期待されている」という感覚は、人を強く動かします。
でもその期待が、隣の人との“比較”にすり替わってしまったとき、組織には目に見えない緊張が生まれます。
評価、成果、昇給。
いつしか“協働”は“競争”に変わり、チームは静かに分断されていく。
競争そのものが悪いわけではありません。
大切なのは、その“設計”に対話があるかどうか。
挑戦や過程を、ちゃんと記録しているかどうか。
丁寧に設計された競争は、文化を壊すのではなく、育てる装置にもなりうるのだと思います。
5. 制度と文化の“両輪”で支えるということ
企業ができる最大の支援とは、報酬の額面だけでなく、そこに込めた「覚悟」を行動で示すことだと思います。
育成制度を形骸化させないこと。
評価の軸をプロセスにも置くこと。
中堅社員の役割や貢献を、正しくアップデートすること。
そしてなにより、「一緒に育っていこう」という姿勢を、言葉だけでなく行動で伝え続けること。

制度と文化が手を取り合って、ようやく“期待”は安心に変わるはず。その仕組みづくりこそが、企業の持続可能性を支えるのではないかと感じています。
おわりに
ここまで書いたのは、お察しの通り、わたし自身への戒めでもあり、わたしたちの組織がより良い未来に進むための改革の一歩だなと感じているからです。
そして最後に、こんな問いを置いておきたいと思います。
——わたしたちは、いま、どんな“文化”で「期待という名の投資」を受け止めているのだろうか。

評価、育成、信頼、そして報酬。それぞれの意味を問い直しながら、少しずつ、でも確かに、しなやかな組織を育てていけたらと願っています。
それでは皆さん、ごきげんよう、また来週お目にかかりましょう。