まずは空気を入れてみようか
空気を入れるという対話
みなさんは自転車の“機嫌”を確かめるために毎朝、空気のチェックをしていますか。

毎日ほんの1秒、タイヤサイドに指を押し当てるだけで、その日の自転車がどんな気分なのか、なんとなくわかるような気になっていきます。
軽やかな反発を返してくれば、「今日も大丈夫だよ」と機嫌よく返してくれますし、ぐにゃりと沈めば、「おいおい、おいらのこと忘れてるぜ」と拗ねられたような気がしますよね。
空気を入れるという行為は、自転車と豊かな時間を過ごす生活の中に生まれる、小さなコミュニケーションだと言えるかもしれません。
最小にして最大のカスタマイズ
特にスポーツバイクは、空気が命です。
もっと正確にいえば、「空気の張り(空気圧)」が命なのです。

タイヤの中に詰め込まれた空気は、自転車のご機嫌そのものであり、その走りの質を大きく左右します。
空気圧が少し違うだけで、転がりが鈍くなったり、グリップを失いやすくなったり、最悪の場合はパンクなどの故障につながることになります。
でもそれは同時に、「空気圧を調整するだけで、自転車の性格を変えることができる」ということでもあります。
乗り心地を柔らかくしたいとき、砂利道を安心して走りたいとき、あるいはスピードを重視したいときなど。
そのたびに自分で空気を調整することで、自転車のフィーリングを“カスタム”できるということなのです。

だからこそ、空気を入れるという行為は、単なるメンテナンスではなく、「自転車の調子を見る」ための最初の入口であり、
そして“わたしの自転車を正しくする”ための最小で最大のカスタマイズとでも言えるのでしょう。
スポーツバイクという“責任ある道具”
最近では多くの人にスポーツバイクを「かっこいいから」「流行っているから」といった理由で手に取ってもらえるようになりました。
もちろん、それは自転車への入り口としては大歓迎です。
でも、スポーツバイクは構造的にとても“繊細”な道具だということを、伝え忘れてはいけないとも思っています。

実用車に比べると、軽くて、速くて、反応が良い。
その代償として、やや壊れやすく、トラブルが起きやすいという側面があります。
空気圧が少し低いだけで、ちょっとした段差でリム打ちパンクをしたり、チェーンの油が切れていると変速がうまく決まらなくなったり、静かが取り柄の道具がとてもうるさくもなったりします。
そして何よりも、それらのトラブルを「ある程度、自分で理解し、自分で対処できること」が前提とされているということなのです。
手をかけることで、命が通う
自転車とは、「扱い方によってその価値が変わる道具」だと思います。
空気を入れる。
パンクの直し方を覚える。
チェーンに油をさす。
そうした簡単な行為の積み重ねによって、自転車は“モノ”から“相棒”へと正しく変化していきます。
そしてそこには、もうひとつ大切な視点があります。
それは、「扱い方を誤れば、道具は危険にもなり得る」ということです。

自転車は、正しく整備されていなければ、本来の性能を発揮できないどころか、事故のリスクを生むことすらあります。
ブレーキワイヤーが緩んでいたり、タイヤが裂けていたり、チェーンが緩んで外れやすくなっていたり。
そういった“サイン”に気づかないまま乗り続けることは、包丁の刃こぼれに気づかずに使い続けることに、どこか似ているような気がします。

料理好きが包丁の手入れを欠かさないように、自転車好きもまた、自転車の状態に目を配る必要があるのだということなのでしょう。
包丁も、自転車も、どちらも「人の身体と密接に関わる道具」です。
だからこそ、手をかけることで意志が通い、同時に注意を怠ればお互いを傷つけてしまう可能性を秘めていると思います。
その持つべき緊張感こそが、道具を使うという行為の尊さであり、
だからこそわたしたちは、自転車に「手をかけ続ける」という選択を大切にしたいと思っているのです。
売りっぱなしでイイわきゃない
とはいえ、そうした“扱い方”を、いったい誰が教えてくれるのでしょうか。
スポーツバイクは「責任を持って扱うべき乗り物だ」と語られる一方で、その責任の取り方、つまり、パンクの直し方やチェーンの手入れの仕方を、実際に教えてくれる場所は驚くほど少ないのが現状です。
そこでサークルズは、「使い方まで届ける場」として、姉妹店カルチャークラブを立ち上げました。

自転車屋とは、知識と道具が揃っている場所であるはずなのに、
整備や取り扱いについての説明を省いたまま、「ものだけを売る」ことに終始してしまう場面も少なくありません。
だからこそ、Circlesでは「使い方まで届けること」を大切にしたいと思っています。
整備性の高いスポーツバイクは、扱い方を知れば知るほど楽しくなり、自分で手をかければかけるほど信頼できる愛すべき存在になっていきます。
メンテナンススクールという形で、自転車と向き合うための“基礎の基礎”を伝えていくことは、ただパンク修理を教える以上に、「自転車と暮らす」ための文化を共有する試みなのだと感じています。
“いじられない”という設計思想
一方で、いわゆる「一般車」、つまりママチャリは、ちょっとやそっとのことでは壊れません。
空気が抜けきっていてもある程度は走れますし、チェーンに油がなくてもギコギコ音を出しながらも、なんとか前に進みます。
漕ぎ出しはやや重くても、買い物の荷物を大量に載せていても、文句ひとつ言わずに淡々とこなしてくれるのです。

なぜこんなにも丈夫なのでしょうか?
それは、最初から「いじられない前提」で設計されているからだと説明すると、多くの人にわかってもらえるでしょうか。
ドロヨケ、チェーンケース、内装変速機、ステンレスパーツ…。
どれもがメンテナンス不要を前提とした構造で、長期間ノーメンテでも最低限の性能が維持されるように作られています。
(輸入品ばかりになりすぎて、現在は“いました”になってしまっているかもしれませんが。)
パパチャリの逆襲
こうした背景を踏まえて、最近では古いマウンテンバイクをベースフレームにした“ママチャリ/パパチャリ化”の流れも、少しずつ国内にも広がってきているように感じています。
もともとオフロードでの耐久性を想定して作られた旧世代のマウンテンバイクは、壊れにくく、丈夫で、そして構造や変速機なども、今のものよりずっとシンプルで扱いやすいかと思います。
それにバスケットやドロヨケ、スタンドを取り付けて日常仕様に仕立てることで、「自分で直せる日用品」=付き合いの続く自転車として再定義されはじめているのだと考えています。

ただの買い物用の足ではなく、ただのスポーツ機材でもなく、
共に過ごす相棒として、自分で整備できる、そして育てられるママチャリ/パパチャリが、個人の手から生まれはじめている事実はとても興味深くもあります。
何となく20年前のピストバイク文化が生まれてきた背景にも通じるところがあって、個人的にはとても好きな文化がまた芽吹きはじめているなと感慨深く思うわけなのです。
道具と暮らすということ
空気を入れる、ブレーキを調整する、チェーンに油をさす。
そのひとつひとつを通して、「自分の道具」が「自分の暮らし」に根づいていくと思います。
その喜びを、もっと多くの人と分かち合っていきたいと、わたしは思っています。

壊れないことだけが正義ではなく、直せることも希望なのです。
そしてその希望は、自分の手と心の中にあるということを覚えておいて下さい。
まずはほんの1秒だけ、自転車のタイヤサイドに指を押し当ててみてください。
それだけで、自転車の声がちょっとだけ聞こえると思います。
「今日も走ろうぜ」って言ってくれるかもしれませんし、
「ちょっと休みたい」と言っているかもしれませんけど。
空気を入れるという行為は、たった数分のことですが、そのなかに、道具と生きるということのすべてが詰まっているように、わたしは思っています。

それは、自転力(じてんりょく)を正しく育てるための、最初の小さなアクションになってくれるはずです。
それではみなさんごきげんよう、また来週お会いしましょう。