来店予約はこちら

「週刊 球体のつくり方」Vol.33

順序の逆転、あるいは身体という宇宙に対する金属からの回答

12月の光と、新しい実験室

12月1日。Circlesは、創業日と同じ日に「Circles Tailored(サークルズ・テイラード)」という新しい扉を開けました。 すでに多くの方からお祝いの言葉をいただき、改めてこの場所が持つ「縁(えん)」の引力に感謝しているところです。

新店舗のカウンター越しに、展示した多くのカスタムハンドメイドバイクと高架下を行き交う人々の流れを眺めながら、改めて「なぜ、今、テイラード(仕立てる)なのか」という問いを、自分自身の内側で反芻しています。 19年という時間を経て、わたしたちが辿り着いたひとつの答え。それは、自転車という道具と人間との関係における、「順序」のパラダイムシフトだということです。

今回は、少し込み入った話をさせてもらえたら嬉しいと思っています。 これまで数え切れないほどの自転車を組み、世界中のビルダーと対話し、そして自らも走り続けてきた中で確信している、ある「逆説」についてです。

マスプロダクションという名の「平均値」の檻

一般的に普段目にする多くの工業製品、とりわけ「マスプロ(大量生産)」と呼ばれる自転車は、ある宿命的な矛盾を抱えています。 それは、「自転車という固定された物質」が先にありきで、そこに「流動的で個体差のある人間」を後から当てはめる、というやや暴力的なまでの順序があるいうことです。

カタログを開けば、そこにはS・M・L、あるいは48・50・52といったサイズ表記が並んでいます。 メーカーの設計者は、膨大な人体測定データを元に「ベルカーブ(正規分布)」の頂点、つまり「平均的な人間」を想定してフレームを設計します。 しかし、現実の世界を見渡してみてください。「平均的な人間」など、この世のどこに存在するのでしょうか。

胴の長さに対して腕が長い人、過去の怪我で股関節の柔軟性に左右差がある人、週末のロングライドでは景色を楽しみたいが、時には峠で追い込みたいという矛盾した欲求を持つ人。 わたしたち一人ひとりの身体は、まるで小宇宙のように複雑で、とてもユニークだということです。

それなのに、既存の完成車を選ぶという行為は、往々にして「妥協の連続」になります。 「トップチューブ長に合わせると、スタンドオーバーハイト(股下)が足りない」 「サドル高を確保しようとすると、ハンドルが遠くなりすぎる」

結果として何が起きるか。 わたしたちは「ステム」を極端に短くしたり長くしたり、「シートポスト」を限界まで上げ下げしたりして、なんとか身体を自転車に合わせようとします。 これを世間では「フィッティング」と呼びますが、厳しい言い方をすれば、これはフィッティングではありません。 これは、設計段階でのズレを埋めるための「事後処理」であり、マイナスをゼロに近づけるための、涙ぐましい修正作業に過ぎないのです。

ゼロの逆転 ― 設計図はあなたの身体から生まれる

わたしたちが提案したいと常々考えている、カスタムハンドメイドバイクの世界、そしてCircles Tailoredが目指す領域は、このベクトルが180度逆を向いています。

「あなたが自転車に合わせるのではない。自転車があなたに合わせにくる」

これは、単なるキャッチコピーではありません。物理的かつ工学的な事実です。 カスタムオーダーの最大の利点、それは「フレームが産声を上げた瞬間に、すでにフィッティングが完了している」という事実に尽きます。

以前、わたしたちがボストンにある「SEVEN CYCLES(セブン・サイクルズ)」の工房を訪れた時のことを、今でも鮮烈に覚えています。 (※過去記事参照:【SEVEN CYCLES】未知との遭遇

工場の壁一面を覆いつくす、数千本ものチタンやスチールのチューブ。 あれは単なる在庫の山ではありませんでした。あれは、まだ見ぬサイクリストたちの「可能性のストック」だったのだと思います。

セブンの設計プロセスにおいて、ビルダーたちはまず、乗り手の身体データを徹底的に分析します。 身長や股下だけではありません。柔軟性、体幹の強さ、好みのハンドリング、そして「その自転車でどんな景色を見たいか」という物語までをも数値化します。

そこで導き出されたジオメトリー(設計図)には、一切の妥協がありません。 例えば、あなたが「100km走っても首が痛くならず、かつ下り坂ではカミソリのように鋭いハンドリングが欲しい」と望むなら、ヘッドチューブの長さも、アングルも、ステーの長さも0.1ミリ単位でそのために決定されます。

マスプロ車のように、ステムの長さで誤魔化す必要はありません。 完成したバイクにまたがった瞬間、ハンドルは「あるべき場所」に自然と存在し、ペダルは「踏むべき位置」に待機しています。 そこにあるのは、「修正」ではなく「直感」です。 身体と機材の境界線が溶け合い、まるで自分の手足が拡張されたかのような感覚。 これこそが、わたしたちが考える真の「フィッティング」だと思っています。

シンフォニーとしてのチューブ・バッティング

少しマニアックな話をしましょう。 ハンドメイドの真髄は、単に「サイズ(長さ)」を合わせることだけではありません。「乗り味(Quality of Ride)」という、目に見えない感覚領域のチューニングにこそ、その神髄があります。

既製品のフレームは、体重50kgの人が乗っても、90kgの人が乗っても壊れないように、安全マージンを可能な限り多く取って作られがちです。 しかし、体重50kgのライダーにとっては、そのフレームは単なる「硬い棒」でしかなく、路面からの突き上げなどに苦しむことになるでしょう。

対して、ハンドメイドビルダーは、チューブの「バッティング(Butting)」、つまりパイプの肉厚を自由に操ります。 「あなたの体重と脚力なら、ダウンチューブはこの厚み、でもチェーンステーは少し剛性を上げて反応良くしよう」 そうやって選ばれたチューブたちは、溶接される前から、あなたのために振動し、たわみ、進む準備をしているのです。

ボストンの工場で聞いた、旋盤の回る音、ベルトサンダーの研磨音、そして溶接トーチが発する微かなスパーク音。 あれは、素材たちが乗り手と出会うための「シンフォニー」でした。 ただの金属の塊が、あなたのための特別な楽器へと生まれ変わる瞬間。 あの体験があるからこそ、わたしは自信を持って言えるのです。ハンドメイドバイクは、工業製品ではなく、極めて個人的な「作品(アート)」なのだと。

過去を未来へ運ぶ「器」としての機能美

そしてもう一つ、このカスタムオーダーの世界には、非常に実利的で、わたしがとても気に入っている側面があります。 それは「パーツの流用性」という観点です。

昨今の自転車業界は、目まぐるしいスピードで規格が変わります。 独自のシートポスト形状、専用のステム一体型ハンドル、特殊なボトムブラケット…。 これらは確かに空気抵抗を数ワット削減するかもしれませんが、同時に、サイクリストたちが愛着を持って使ってきたパーツたちを「過去の遺物」として切り捨てる行為に見えてしまう時も確かにあると思います。

しかし、カスタムハンドメイドの世界では、規格さえもあなたが決めることができます。 もしあなたが、10年使い続けて素晴らしく馴染んだベアリングを持つクリスキングのハブや、丹念にポリッシュされたホワイトインダストリーズのクランクセットを持っているなら、それらが完璧に収まるようにフレームを設計すればいいのです。 最新の電子制御コンポーネントで組むのも自由ですが、あなたの歴史が詰まったシルバーパーツで組むのもまた、美しい選択だとわたしは考えます。

無理な姿勢を補正するための特殊な可変ステムも、ちょっと不恰好なセットバックの大きなシートポストも必要ありません。 フレームという「器」さえ完璧であれば、中身(パーツ)はあなたのスタイルに合わせて自由に入れ替えていくことができる。 これは、消費サイクルを早めようとする現代社会に対する、静かなる抵抗とも言えるのかもしれません。一つのものを長く、深く愛すること。 それは、わたしがCirclesでずっと大切にしてきたフィロソフィーでもあります。

対話から始まる、作品の構築

「Circles Tailored」は、そんな逆説的なものづくりを実現するための実験室なのかもしれません。

Tailoredでは、一般的な自転車屋とは異なり、いきなりカタログを見せるようなことはしません。 まずは、実際に展示してある自転車を見てもらい、もしお気に入りなものがあれば試乗も可能です。そしてわたしたちと対話を始めましょう。 あなたの身体のこと、これまでの自転車歴のこと、痛みのこと、そしてこれから描きたい未来のこと。ゆっくりと時間をかけて、あなたという人間の輪郭を浮き彫りにしていきたいのです。

多くの人が、このカスタムオーダーの入り口に立った時、「自分にはまだ早い」とか「レースに出るわけでもないのに」と躊躇します。 ですが、断言します。 プロレーサーのように身体が鍛え上げられておらず、柔軟性にも限界がある一般のアンレーサーサイクリストこそ、この「自転車が合わせてくれる」恩恵を最大限に受けることができるという事実を。

19年目のCirclesが提案する、新しい自転車との付き合い方。 それは、既成の枠に自分を押し込める窮屈さからの解放だと思っています。

わたしたちはすでに世界中の最高のビルダーたちとコネクトする準備はできています。 あとは、あなたが経験してきた今までの物語やこれからの夢を聞かせて欲しいのです。

自分だけの自転力を生み出す、世界に一台の作品。 その設計図は、すでに、あなたの中に眠っているので。 それを一緒に紐解く作業を、Circles Tailoredで始めてみたいと思ってくれると本望です。

それでは皆さんごきげんよう。また来週お会いしましょう。

アバター画像

kyutai
田中 慎也

空転する思いと考えを自転出来るところまで押し上げてみた2006年。自転し始めたその空間は更なる求心力を持ちより多く、より高くへと僕を運んでいくのだろうか。多くの仲間に支えられ、助けられて回り続ける回転はローリングストーンズの様に生き長らえることができるのならば素直にとても嬉しいのです。既成概念をぶっ飛ばしてあなただけの自転力に置き換えてくれるのなら僕は何時でも一緒に漕ぎ進めていきたいと思っているのだから。
田中 慎也の記事一覧